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細々とこっそりとちまちまと

アイドルソングの感想・レビュー、ライブレポ。

アイドルの定義 -ファーストアルバム「乙女新党 第一幕 〜始まりのうた〜」によせて-

 今週のお題「アイドル」

 

乙女新党ファーストアルバム『乙女新党 第一幕 〜始まりのうた〜』

  

アイドルとは偶像であるとされていました。その定義は、人類史上最も多くのアイドルがいる今の日本において、ふさわしくない言葉だと思います。では、アイドルとは何なのか、改めて考えてみたいと思います。

 

 

ライムスター・宇多丸さんは「アイドルとは実力を魅力が凌駕している存在」と定義しています。

多くがティーンのあどけない女の子たちが、大人っぽいサウンドや歌詞を歌うアイドルという存在の特異性に対して、そこに生まれる最大の価値はプロフェッショナルな高いスキルではなく、高い完成度と未熟であることの間に生まれるギャップであるという考えです。

そこでは、必ずしも実力者であることは求められていません。高度なパフォーマンスを「できること」が大事なのではなく、「できないかもしれないけど挑戦していること」にこそ共感し、魅力が生まれて、応援したくなるということです。それを著書『マブ論 CLASSICS -アイドルソング時評 2000~2008-』の中で「完成度の中の“ほつれ”」と話しています。その“ほつれ”の中にファンは夢を描くのです。

  

振付師・竹中夏海さんは「アイドルとは人気者のことである」と著書『IDOL DANCE!!!: 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい』の中で話しています。AKB48ももいろクローバーZがブレイクし、アイドルが改めて認知されてきた時代の視点で、アイドルのことを考え直すきっかけになる言葉だと思います。

今のシーンの中では、「アイドルっぽい」女の子であることは必ずしも求められていません。歌やダンスだけではなくブログやTwitter、写メ会や握手会などアイドル活動の幅は広がり、アイドルの形は多様化していきました。そんな中で、特に現在進行形でアイドルである女の子に向けて「型にはまることが正解ではない」として発せられたのが竹中夏海さんの言葉です。

かつて偶像として言われたアイドルは「今、会える」存在、すなわち実像に近付いてきました。「アイドルとは人気者」という定義は、人気者であれば手段は問わないという意味を含んでいて、アイドル戦国時代を経て生まれた何でもありなシーンの真実までもカバーしています。

  

そんな2つの定義に共通していること。それは、アイドルを応援するファンの存在です。実力と魅力の間にはレシーバーであるファンが不可欠ですし、人気者を人気者として成り立たせ押し上げるのも他ならぬファンなのです。そして、元々アイドルに興味がなかった普通の人たちを巻き込み、ファンにしてしまうという「応援したくなる気持ち」こそがアイドルの本質なのではないでしょうか。

 

 

かつて、ももいろクローバーZの魅力について怒髪天の増子さんは「高校球児的なもの」と話していました。これはももいろクローバーに限った話ではなく、実力と魅力の関係、人気者としての輝き、応援したくなる気持ちの要点を表すことができているエピソードだと思います。

一回一回が勝負で、できる期間が決まっていて、全力で夢に向かっているアイドルたち。そんなアイドルたちと同じ時間を過ごして、元気と勇気をもらって、やっぱり一回一回を大事にする僕たちファン。その様子が高校野球によく似ているは当然なのかもしれません。どちらもすごく似た状況で生まれるドラマなのですから。 

 

多くが十代である彼女たちが過ごす時間。それは青春そのものです。アイドルでない人たちが学校や部活、バイトで過ごすそのときを、彼女たちはライブや握手会といった活動の中で経験しているだけなのですから。決して特別なだけのものではありません。すごく満たされているのに、いつも何かが足りない。彼女たちの時間は、誰もが経験する青春と同じものなのです。

一方で、その青春は人を巻き込みます。彼女たちの活動を知って、全力に触れ、共感や応援の気持ちを持った人が現れ、アイドルとファンの関係が生まれます。自分が青春を過ごしている10代20代は互いの青春の時間を重ね、とうに青春を終わらせたはずの大人たちはアイドルを応援し、追いかける中で新しい青春を見出していくのです。そうして生まれた青春は世代や性別を超えて、大学生のサークルのような緩く熱い仲間意識をも成立させます。

アイドルは現在進行形の青春であり、僕たちファンをその青春の中に引き込んでくれる存在なのです。応援したくなる気持ちを生み出すことは、そのためのきっかけであり、アイドルの魅力の重要なファクターでありながら、要素のひとつに過ぎません。

アイドルとファンの関係性、アイドル現場の楽しさ・切なさ・やり切れなさ、それらを取り入れて「アイドルとは青春」と定義したいと思います。

 

  

青春の時間は短く、限りがあります。そこには嬉しい出会いと一生の思い出と青臭い失敗があり、辛く悲しく耐えがたい突然の別れがあります。だから今が、今度や次ではなく今このときが、大切にするべきたったひとつのものなのです。

 
 
本日発売の乙女新党のファーストアルバム『乙女新党 第一幕 〜始まりのうた〜』は収録曲を通して“365日”を歌っているアルバムです。“妄想”に居場所を示していた女の子が、“2学期デビュー”“お受験”“クリスマス”を経験し、成長していく様子が見事にパッケージされています。

 

同時に、乙女新党の活動の集大成でもあります。結成時は“ほぼ中学生”だったメンバーも今は“ほぼ高校生”となり、4枚のシングルリリース過去2回のワンマンライブ、個人での仕事を通して、大きく成長しました。このアルバムは、彼女たち自身の成長が記録された作品でもあるのです。

 

このアルバムは、フィクションの成長物語として高い完成度があるだけではなく、乙女新党にとってのドキュメンタリーな成長記録としてほぼ完璧なものになっています。恐るべき作品だと思います。グループの誕生から成長のひとつひとつ、その成長の果てにある卒業と門出。そのすべてがフィクションとドキュメンタリーの両面で表現されている1枚です。 

 

そうして生まれた奇跡の作品は、青春のアルバムと呼ぶにふさわしい作品です。同時に、アイドルから受ける魅力に満ちた1枚です。このアルバムこそが青春であり、これを聞いて生まれる色んな気持ちこそがアイドルが生み出す魅力そのものなのです。それはとてもドラマチックで、センチメンタルなものでしょう。

そして、それを感じることができる時間には限りがあり、とても短いです。今、このときに聞いて感じることこそが最も重要なことなのです。

 

乙女新党のファンの人だけでなく、かつて好きだった人、何曲か知っているだけと言う人、名前くらいしか知らない人。アイドルが好きな人や興味がある人ならきっと何かを感じると思います。このアルバムを聞いて、できれば現場に行って欲しいと思います。

 

乙女新党が生み出す10年代最強クラスの青春センチメンタルを感じてください。 

…出来る範囲で!

   

 

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