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細々とこっそりとちまちまと

アイドルソングの感想・レビュー、ライブレポ。

ちまちまアイドルソング58「KASABUTA」/Party Rockets

Party Rockets『KASABUTA』

 

KASABUTA

KASABUTA

  • PartyRockets
  • J-Pop
  • ¥250

「絶対さわらない方がいいのはわかってるけど、どうしてもさわってしまうくらい痒い」といった感じで、瘡蓋(かさぶた)は矛盾を併せ持つ存在です。Party Rockets(パティロケ)の5thシングル『KASABUTA』の中には、そんな矛盾そのものがあり、矛盾と向き合い、矛盾に飲み込まれてしまうような歌でした。

 

瘡蓋を剥がすということ

「素直になれば なるだけなぜだろう 傷だらけになる」

瘡蓋を触ることは「駄目とわかっていてもしてしまう」ことの代表格です。「瘡蓋を触る=ルールを破る」と読み取ることができ、瘡蓋は反社会性のメタファー(一種の比喩)です。

同時に、瘡蓋が触ってしまうくらい痒くなることは人間の生理現象であり、共感を呼びやすいものです。誰だって瘡蓋ができれば痒くなってしまいますし、ついつい触ってしまいますから。瘡蓋はそんな暗黙の了解(ルール)のメタファーでもあるのです。

つまり、瘡蓋を剥がすということは、してはならないルール違反であると同時に、しても当然なルールのことでもあります。そんな矛盾が『KASABUTA』では歌われていて、この歌の世界では、瘡蓋を剥がしたならば体が傷付き、剥がさなければ周囲に同調できないことで傷付く、居場所がなく傷だらけの主人公の姿があります。

 

孤高のアコースティックギター

「風に揺れてる 枯れた向日葵には なりたくはないさ」

 2番のサビの歌詞に続く間奏で、アコースティックギターの演奏が印象的なこの曲。そこで表現されているのは「大人と子供の間」であり、誰とも寄り添わない主人公の心情です。

向日葵は夏の花であり、太陽そのものを指し示す意味で使われることもある昼の花です。そして、群生する花でもある向日葵に「なりたくはないさ」と、『KASABUTA』の主人公は告げます。明るいもの、みんなと同じものを拒絶して、もっと違う何かになろうとするような、間奏のアコースティックギターが表現しているのは、そんな心情です。

ライブ中、この間奏を前に観客は立ちすくみ、真剣に、呆然と踊るパティロケを見ることしかできません。曲の世界に立ち入ることを許さない厳しさがある間奏だと僕は思いますし、寂しさや切なさを乗り越えたその気高さこそ、孤高と呼ぶのがふさわしいものです。

 

瘡蓋とパティロケ

「なにかがそう なにかが 足りないのさ」

そもそも瘡蓋が痒いのは、治りかけているから起きる現象だそうです。それは、体にとって傷が付いている“不完全”な状態と、傷が治った“完全”な状態の隙間で、瘡蓋が「なにか」であることを伝えてくれます。 

そう思うと、こんなにパティロケらしいテーマはないと思いました。瘡蓋に感じる隙間性は、「昨日より明日より今が欲しい」と歌う『日常ドリーマー』なパティロケにとって、何度も歌われている大切なものです。

傷が付いた“不完全”は嫌だしいつまでも子供でいるつもりはなく、一方で、“完全”で傷がないのは物足りなくて普通の大人にはなりたくない、『KASABUTA』からはそんな思いが伝わってきます。つまり、曲中の瘡蓋は様々なメタファーであり、孤高の存在であり、同時にパティロケそのもののことでもあるのです。

 

そんなこんなで、『KASABUTA』は、間違いなくパティロケの新しい代表曲となるでしょう!

同時に、これは傑作と呼ばれるべき作品です。

ぜひ、聞いてみてください!!

 

 

KASABUTA(Type-A)

KASABUTA(Type-A)